花子は今日も書く

書かないと死んでしまう。人生からくだらない毎日まで、徒然なるままに

06 大学時代

ここまでだと、本当に貧困の再生産そのままである。

ここから社会で生きていくためのレールに戻るべく、花子は頑張ることになった。

 

●大学へ進学

高校生が終わるころ、同級生が大学に行くこと、しっかり勉強していることがコンプレックスだった。私も人並に勉強して、人並に大学に行きたい。

もちろん、金銭的なことから普通の大学に行くことは望めない。そのなかで通信制の大学という道があることを知り、働きながら大学に通うことになった。大学のなかでも、卒業が難しいところに行き6年近くも卒業にかかることになったが、無事大卒の資格を得ることになった。終わり良ければすべて良し、というか、トンデもない学生生活だったが、おかげで就職することも出来た。

大学では、哲学を専攻した。中二病を引きずっていることは百も承知だったが、「生きる意味」が知りたかった。勉強した結果、宗教にでもすがらない限り、生きる明確な意味なんて無いということが分かった。実存は本質に先立つという。“生きる意味がないことが分かった”というだけでも財産かもしれないが、絶望した。ここでも、生きる意味は見つからないのか、と。


契約社員として
いろいろなバイトをしながら、勉強をしていたが、夏にだけある大学の授業に出席できない問題が出てきた。そこで夏に閑散期があり、有給休暇を使用していいと答えてくれた会社に就職した。


●不倫
掛け持ちで働いているころ、美人な女の子に合コンに誘われた。生まれて初めて参加した合コンで、知り合った男性と付き合うことになった。相手は12歳年上。家を教えてもらえず、なぜか大きな車に後部座席にはベビーカー(本人は姉の子どもを乗せた時のものと言っていたが)。色々と不信に思うことも多かった。花子は不安定な時期で、家を出たいから20万円貸してほしいと頼んだことがあった。そのときは、自分で何とかしないと、と説得されて、この人は親身に聞いてくれることもなく、本当に付き合っているのか?と思ったり、いろいろと不信に思うことが多く、すぐに別れた。

1年後ぐらい、その人の携帯電話から電話がかかってきた。電話の主は女性で「〇〇の妻ですが、子どもが携帯を触っていて、この連絡先を見てしまい電話しました」。びっくり修羅場だった。花子はもう別れていること、奥さんがいることは全く知らなかったことを伝えて、動揺する女性からの電話を切った。とんだクズ男だった。

当時、周りにいる人たちも変わった人が多く、今も継続して付き合いのある人はほとんどいない。自分がフラフラしていると、フラフラした人が近寄ってくるものだ。


●恋
契約社員として働きだして3年ぐらい経ったころ、ある上司を好きになってしまった。家のことも親身になって相談に乗ってくれて、本当に好きだった。当時は無垢で、同僚たちに〇〇さんが好きで~と相談したりもしていたが、あとになって多くの人たちが(〇〇さんも含めて)花子のことを笑っていたと聞いた。今でも、花子のことを笑っていると聞くことがあり、非常にショックを受けた。

それ以来だと思う。花子は、自分のはっきりした意見を言わなくなった。相手が黒といえば、白いものでも黒と頷く。どうせ自分の個性は求められていないのだ。

傷心なころ、1年以上花子のことを好きだ、と言い続けていた人と付き合うことになった。7歳ぐらい年上だったが、非常に大切にしてもらった。彼は、もう花子が存在しているだけでいいよ、いてくれるだけで幸せ、と何の恥ずかしげもなく言い続けていた。ただ、花子にとって、何を聞いても“花子がいいと思うなら、いいんじゃない”と返してくる彼が不満で、すぐに別れてしまう。数年後に、1度ヨリを戻したが、どうしても好きになれない人だった。この人を好きになれたら、ものすごく幸せになれたのだろうなぁ、と何度も思い返したが、好きになれないものはなれない。頑張ってみたが自分の気持ちに嘘をつき続けることは出来なかった。傷つけることをしてしまったと大変後悔している。